10年生存率統計は何をいいたいのか?

国立がん研究センターが最近発表したデータを紹介する記事に目に留まった。
およそ15年も前の患者のデータを使った統計を引き合いにだしたあげく
ごく当たり前のコメント。

これで何がいいたいのか?疑問を禁じ得ない。

率直に言って、これはナンセンス。こんな統計結果もコメントも意味がない。

統計一般については、ある目的をもってまとめ上げたものなので注意しなければならないとする批判的な見方がある。その例に出会ったようだ。

最近の日本では年間百万人近い方ががんに罹患されている。
2013年に新たにがんと診断された方は86万2,452例とある。
(罹患全国推計値)
この状況で5万7147人は10年間の統計とはいえ、
母数として物足りない。

この結果を虚心にみると
なんと多くの人々が亡くなっておられたか、
治療効果がなんと低かったか、示している。
がんに携わられた方々の猛省を促している。

Ⅲ期、Ⅳ期と判定された進行度の比較的高い人々の多くが亡くなられておられる。この事実は大きく改善されていない。

大切なことは生存率が全体的に少し改善したことなどではない。
一人ひとりの命の多くが失われている事実こそ大切だ。

テクノロジーが進化し治療も飛躍的に進化を遂げている中で
この統計結果は関係者に深い反省、恥を知ることを迫るものだ。

がんでは一人ひとり事情がある。
したがって、がんの態様は人の顔が違うようにそれぞれ違う。一人ひとりに向き会った治療・予防が大切である。

それを多くの規格化や標準化した治療をしたあげく、
その結果を是認するかのような統計結果はある意図をもったプロパガンダとしか見えない。

公共放送といわれる報道にも、ときどき同じようなものに出会う。
個が大切なところで個をないがしろにしたかのような報道に違和感を禁じ得ない。

見方をかえると
がん生存率を種類ごと、進行度ごとに見れるので、
がん経験者が自分だけ助かったことを誇り喜ぶためのものだろうか。
規格化、標準化治療を是認したいのだろうか。
早期対処の大切さをいい、がんビジネスを促進しているのだろうか。

いずれにしても、この統計データはひとを惑わし、コメントも意味がない。

5年や10年生存率のような統計データを公表するのであれば

かつて保険適用になっていなかったがん治療が、つまり
かつて自由診療でやるしかなかったがん治療が
どのような実績であったか、そして今どうなっているをあきらかにすることこそ意味のあること。

たとえば、2009年から2013年に罹患された方々がその後どうであったか、知りたいものだ。このころは免疫細胞療法実行に賛否両論があってさまざまな本が出版されるほど真剣に検討されていたからだ。ちょうど私が免疫細胞療法を始めた時期でもある。

そんなデータが集められないなら、そのことこそ恥じるべきである。

がん経験者の集まりに参加していると、今まさに治療している方に加えて、10年間前後の長期に亘ってがんとともに過ごされておられる方とお会いすることが結構多い。

このことはテクノロジー進化を背景にこれまでよりも優れたがん治療・予防方法が開発され効果を発揮しているものと感じていた。

このことを裏付けるデータは、がん経験者ならずとも大きなこころのケアになるにちがいない。

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