日常生活のありかたを改めるには経験知も必要ではないか?

日野原重明氏「生きかた上手」より次の文を引用します。

日常生活のありかたを改めれば、一生発症せずにすむかもしれない。
かからなくてもすむ病気にまで医療費を使うのは大いなるロスです。』
『自分の健康は自分で守る。医者まかせにしない。これは基本です。』

日常生活を改めることとは、人の生きかたを改めること、
変えることと理解する。
しかし、これが難しい。

なぜなら、病気の発症リスクを知った上で
あえて生きている場合もあるから。

やりたいことをやらずに生きて
長命を全うする生きかたがいいのか、
やりたいことやって早くこの世を去るか、
それはそのかたの考えだから。

たばこを吸っている人に向かって
いきなり吸うのを止めるように言ったところで止めるであろうか?
おせっかいだと嫌がれるか、場合によってはけんかになる。

重要なことは、発症リスクを知っていること。
これが本人にどう伝わるかだ。
医者は自分自身の経験にもとづくのではなく
多くの罹患事実から発症リスクを伝える場合が多い。

一方、経験者のかたは、
当然、自分自身の事実・経験知をもとに伝える。

どちらが説得力があるか、受け取る側の問題だが、
ポイントは自由意思で判断されることだと思う。
強制は嫌われるだけでなく無駄だ。

がんについても同じことが云える。

発症リスクのある生活とはどんなことなのか、
がんといってもたくさんの種類があるので
そのすべてを知ることは難しい。
(もっとも、知る必要もないのが普通だが)

私は食道にかかわる経験と知識を
主治医とともに蓄積してきた。
この経験知や知識を活かしていきたい。
これは現代では経験者の義務だとさえ思う。

 

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